大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成9年(ネ)220号 判決

愛知県尾張旭市〈以下省略〉

平成九年(ネ)第二二〇号事件控訴人・

有限会社X

同年(ネ)第二二四号事件被控訴人(以下「一審原告」という。)

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

織田幸二

右訴訟復代理人弁護士

角谷晴重

東京都中央区〈以下省略〉

平成九年(ネ)第二二四号事件控訴人・

内外証券株式会社

同年(ネ)第二二〇号事件被控訴人(以下「一審被告」という。)

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

小林庸男

主文

一  一審被告の控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1  一審被告は、一審原告に対し、金九二七三万八三五三円及び内金九六七万九六〇〇円に対する平成三年五月二九日から、内金四九万五七九四円に対する同年九月二五日から、内金七八〇六万二九五九円に対する同四年三月三一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  一審原告のその余の請求を棄却する。

二  一審原告の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二〇分し、その九を一審被告の負担とし、その余を一審原告の負担とする。

四  この判決の一項1は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

(平成九年(ネ)第二二〇号事件について)

一  一審原告

1  原判決を次のとおり変更する。

2  一審被告は、一審原告に対し、金二億一二三一万六一三八円及び内金一億五六一二万五九一九円に対する平成三年五月一日から、内金一三八二万八〇〇〇円に対する平成三年五月三〇日から、内金九九万一五八八円に対する平成三年九月二六日から、各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、一審被告の負担とする。

との判決及び2項につき仮執行宣言

二  一審被告

控訴棄却の判決

(平成九年(ネ)第二二四号事件について)

一  一審被告

1  原判決中、一審被告勝訴部分を除き、これを取り消す。

2  一審原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、一審原告の負担とする。

との判決

二  一審原告

控訴棄却の判決

第二事案の概要等

事案の概要、本件紛争に至る経過、本件の中心的争点は、次のとおり訂正・付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一1  原判決一〇頁八行目の「平成元年」から九行目の「同月一九日に」までを「一審被告の名古屋駅前支店に、平成元年一月一九日に」と改める。

2  同一〇頁一一行目の「運用」を削除する。

3  同一一頁二行目の「用意した」から三行目の「言明した。」までを「用意したものである。」と改める。

4  同一二頁三行目の「改正された証券取引法」の後に「(平成四年一月一日施行)」を加える。

5  同一四頁八行目の「投資信託会社」を「投資顧問会社」と改める。

6  同一四頁一〇行目の「金銭信託を行う」を削除する。

7  同一五頁一行目から二行目にかけての「事実上の一任勘定取引であり、」を削除する。

8  同一五頁二行目から同三行目にかけての「平成四年の証券取引法改正において、」を「平成四年改正の証券取引法は、」と改める。

9  同二五頁四行目の「原告が被告に」から同六行目の「取引の実施については、」までを「取引の実施について、」と改める。

二  一審原告の当審主張

1(過失相殺の適否について)

原審は、一審原告が、証券取引経験を有し、証券取引につき相応な判断力を有するにもかかわらず、証券取引法により禁止された取引の認識を持たないまま、一審被告の担当者らの利回り保証約束の勧誘を甘んじて受け入れ、証券取引の取引原則を無視して利益の確保に至ったとして、一審原告に対し、三割の過失相殺をした。

しかし、利回り保証約束は、平成四年改正前の証券取引法において、証券会社には禁止されていたものの、私法上は有効であると解されていたものであり、右約束を信頼した投資家に過失を問うのは不当であるから、本件に過失相殺を適用すべきでない。

2(過失相殺の割合について)

仮に、過失相殺が適用されるとしても、過失相殺は当事者間の実質的公平を図るものであり、一審被告において、一審原告から一任を取り付けた取引について、いかに忠実・誠実義務を尽くしたかを考慮すべきであるところ、一審被告は、本件資金運用取引において、平成元年一月二三日から同四年三月末日までの期間中、解約できないことにしたうえ、一審原告の口座を支配していることに乗じて、手数料稼ぎのために過当売買に走ったものであるから、過失割合の認定は、大幅に軽減されるべきである。

3(損害金額について)

原審は、ファンド等の購入資金、取引投入のための拠出額を損害金としたうえで、本件株式ファンド取引、本件山一CB取引のように値下がりが三割に満たないものについても、一律に三割の過失相殺を適用し、一審原告が一審被告に対し過払い金支払債務を負うという不当な結果を招いている。

したがって、仮に、本件に過失相殺が適用されるとしても、本件株式ファンド取引、本件山一CB取引については、過失相殺の基礎となる損害金額は、実損金額、すなわち、購入価額と売却価額の差額とすべきである。

4(一審被告の当審主張について)

一審被告の後記当審主張は争う。

三  一審被告の当審主張

1(過失相殺の割合について)

(一)  最高裁判所平成九年九月四日判決の趣旨に照らすと、証券会社と顧客との間の利回り保証約束は、損失保証契約と同様に、平成二年八月一五日当時、証券取引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在していたものとみるべきである。

(1) 本件資金運用取引は、当初の期間を平成元年二月一日から同二年三月三一日までの約一年一か月間とし、その後、一審原告と一審被告担当者との話し合いにより期間が延長されてきたものである。一審原告は、平成二年八月一五日ころには、本件資金運用取引にあたりなされた利回り保証約束が公序良俗に反するものであるとの認識を十分に持ち得たものであるにもかかわらず、平成三年四月一日、本件資金運用取引の期間を一年間延長したものである。

(2) 本件山一CB取引は、一審原告が、平成三年五月二九日に、利回り保証約束が公序良俗に反するものであるとの認識を十分に持ち得たものであるにもかかわらず、一審被告担当者との間でしたものである。

(二)  一審原告は、証券取引の危険性を一方にのみ負わせようとするものであること、損害の拡大防止のために適切な措置をとることを怠っていたこと、一審原告において、本件資金運用取引及び本件山一CB取引について、証券取引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの認識がなかったとしても、重大な過失というべきであることに照らすと、一審原告の過失割合は、七割を超えるというべきである。

2(一審原告の当審主張について)

一審原告の右当審主張は争う。

第三証拠関係

原審及び当審における証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

一  本件株式ファンド取引にかかる不法行為の成立について

当裁判所も、本件株式ファンド取引にかかる一審被告担当者らの不法行為は明らかであり、一審被告の使用者責任を免れるものでないと判断するが、その理由は、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」の一に説示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決三六頁二行目及び三行目の「保障」をいずれも「補償」と改める。)。

二  本件山一CB取引にかかる不法行為の成立について

当裁判所も、本件山一CB取引にかかる一審被告担当者らの不法行為は明らかであり、一審被告の使用者責任を免れるものでないと判断するが、その理由は、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」の二に説示のとおりであるから、これを引用する。

三  本件資金運用取引にかかる不法行為の成立について

当裁判所も、本件資金運用取引にかかる一審被告担当者らの不法行為は明らかであり、一審被告の使用者責任を免れるものでないと判断するが、その理由は、次のとおり訂正・付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」の三に説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四〇頁一一行目の「原告は、」から同四一頁四行目の「同月一九日に」までを次のとおり改める。

「一審原告は、資金をA名義で借り入れてAが一審原告に貸し付ける方法で用意したうえ、一審被告名古屋支店に対し、平成元年一月一九日に」

2  同四一頁六行目の「Cは、」から九行目の「管理をしたこと、」までを削除する。

3  同四二頁四行目から同四四頁一〇行目までを次のとおり改める。

「2 証拠(甲第一三号証の一及び二、甲第一五ないし一七号証、甲第二〇号証、乙第二号証、乙第四号証、乙第五号証の一ないし七五、乙第六号証の一ないし四一、乙第七号証の一ないし八、乙第八号証の一及び二、乙第九号証の一ないし一〇、乙第一〇号証の一ないし九、乙第一一号証の一ないし九一、乙第一二号証の一ないし三八、乙第一三号証の一ないし一七、乙第一九号証、乙第二九号証の一ないし四、乙第三〇号証、原審における証人D及び原告代表者Aの各供述)によると、一審原告は、本件株式ファンドの購入をした後、一審被告名古屋駅前支店の支店長E及び営業担当者Cから、一審被告に取引を一任する営業特金口座を開設して資金運用を図る取引を勧められたこと、その際、E及びCは、「資金を一審被告に預けて運営を任せてください。資金は銀行から借り入れてください。銀行の借入れ金利は最低保証します。年率七・五パーセントぐらいでどうです。」などと一任勘定取引の説明をしたこと、そこで、一審原告は、平成元年一月ころ、一審被告との間で、右内容の取引をすることに合意し、右資金を東海銀行明道支店から融資を受けて調達し、銀行借入れ金利以上の利回りを保証し、運用期間を平成元年二月一日から同二年三月三一日までとする旨の本件資金運用取引の約束を一審被告との間でしたこと、一審被告は、それまでの一審原告の取引口座をaとしたうえで、一審被告の本件資金運用取引のための口座を別途に設けてbとし、両口座の取引を区別して取り扱ったこと、右bの口座カード(乙第二号証)には、平成元年五月八日付けで、N=O1「特金」の記載がなされているが、右記載は一審被告の本店管理部で記入したものと推定されること、右bの口座の取引について、信託銀行の関与はなかったこと、右取引は、平成二年四月一日ころ及び同三年四月一日ころの二回にわたり、それぞれ一年間の期間延長がされたこと、平成元年二月一日から同四年三月三一日まで、右bの口座において、多数回の株式取引、株式信用取引が行われたが、Cは、その取引収支を名古屋地区を統括していたF部長に報告していたこと、Cは、平成三年一〇月二日、電話で、一審原告代表者Aの「二億円の特金の方、あれ本当にいいんだろうね」という質問に対し、「はい。大丈夫です。」「本部のあれですので、間違いなく。」「約束したとおりです。」「会社としての約束ですから。」と答えたこと、以上の事実が認められる。

右認定事実を総合すると、本件資金運用取引は、いわゆる営業特金取引であり、利回り保証約束を伴う一任勘定取引であったと認められる。」

4  同四七頁一行目の「この点」から二行目の「推認してよい。」までを次のとおり改める。

「しかも、前記のとおり、bの口座の取引について、信託銀行の関与はなかったものであるから、右カードの「特金」の表示は、本来の「特金」、すなわち投資家が信託銀行に金銭を信託し、投資顧問会社と顧問契約を締結してその運用を図るという形態の「特定金銭信託」を指しているとは考えられず、投資家が証券会社に資金運用を一任する「営業特金」を指しているものと推認することができる。」

5  同四九頁四行目の後に行を改め、次のとおり加える。

「前記2の認定に反し、一審原告は、本件資金運用取引は、当初から約三年間、すなわち平成四年三月一日までを期間とし、中途解約はできないとするものであった旨主張する。

なるほど、甲第一五号証(Aの陳述書)及び原審における一審被告代表者Aの供述中には、右主張に副う記載部分及び供述部分がある。

しかしながら、①本件株式ファンド取引及び本件山一CB取引における利回り保証約束については、Cらが一審原告に対し保証金額、年利率、期間などを記載して約束した書面(甲第一、第二号証)が、一審原告から提出されており、本件運用取引についても、同様に、金額、期間、運用利率等及び中途解約の禁止を約束した書面が交わされていてしかるべきところ、かかる書面の提出はないこと、②一審原告が法人であり、一年を単位に収支決算をするのが通常であるところ、価格の変動が激しいと予想される株式を対象にして三年という長期にわたり、しかも、その期間中の中途解約を禁止した運用約束というのは、いかにも不自然であると考えられることに照らすと、右記載部分及び供述部分は、にわかに採用し難く、他に、本件資金運用取引が当初から平成四年三月一日までとする期間をもって結ばれ、その期間中の中途解約を禁じる特約を伴っていたものであると認めるに足りる証拠はない。

かえって、甲第一三号証の一、二によると、Cは、本件資金運用取引について、平成元年二月一日から同二年三月三一日の期間における収支決算報告書を作成していることが認められ、乙第二九号証の一ないし四、乙第三〇号証によると、Cは、昭和六二年から平成元年にかけての期間、前後三回にわたり、一審被告の名古屋駅前支店の担当者として、c株式会社との間で、「営業特金」取引を行っており、その際、Cは、期間を一年弱としてその終了期間を同社の決算期日に一致させた運用期間、六パーセントないし七パーセントの運用利率、資金金額等の取引条件を記した書面を作成していることが認められる。これらの事実に前記②を考え併せると、本件資金運用取引の期間は、当初、平成元年二月一日から同二年三月三一日までとし、その後、平成二年四月一日ころ及び同三年四月一日ころの二回にわたり、それぞれ一年間の延長がされたと推認することができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。」

6  同四九頁五行目冒頭の「4」を「5」と改める。

四  過失相殺について

以上のとおり、本件株式ファンド取引、本件山一CB取引及び本件資金運用取引は、いずれも一審被告の担当者らによる不法行為に基づく取引であるから、一審被告は、一審被告の担当者らによる不法行為の使用者責任に基づき、一審原告に対し、これによる損害につき、損害賠償の義務がある。

しかるところ、一審被告は、過失相殺を主張するので、この点を判断する。

1  証券取引は、もともと、利益を得る可能性が高い反面、過失の危険も多い取引であり、証券会社の営業担当者が取引の有利な見込みにつき過剰な言明をしたとしても、証券取引に臨む者は、その自己責任の原則により取引の諾否を決すべきものである。

2(一)  甲第一五号証及び弁論の全趣旨によると、一審原告代表者Aは、昭和四四年に慶応大学工学部を卒業し、豊田自動織機株式会社に五年間勤務した後、再就職することもなく、父から相続した土地をファーストフード店に駐車場として賃貸する賃料収入で生活していたが、昭和六二年五月に、税務対策を配慮して、右駐車場管理を主たる目的にした一審原告を、資本金一〇〇万円で設立し、その代表取締役に就任したこと、その後、右Aは、他の職につくことはなかったことが認められる。

(二)  前示の本件紛争に至る経過の認定事実によれば、右Aは、昭和五〇年ころ、野村證券株式会社との間で半年間位の期間で証券取引をした経験があり、昭和六二年三月二〇日ころからは一審被告との間で証券取引を開始し、月平均の投資残高が一億数千万円に上る取引をし、昭和六三年七月ころまで証券取引を頻繁に行ったこと、一審原告は、Aがそれまで個人で行ってきた証券取引を引き継ぎ、一審被告の名古屋駅前支店に取引口座(a)を開設し、右取引口座において信用取引も含む証券取引を頻繁に行っていたこと、さらに、一審原告は、一審被告の名古屋駅前支店に別の取引口座(b)も開設したこと、以上の各事実が明らかである。

(三)  甲第一五号証、甲第二七号証の一、二によると、本件資金運用取引を開始するにあたり、一審原告代表者は、株式会社東海銀行に対し、同人の個人所有の土地・建物に極度額二億円の根抵当権を設定して、同行から個人名義で借り入れ、右借入金を本件資金運用取引にあてたことが認められる。これと、前記(一)及び(二)の事実を総合すると、一審原告代表者Aは、駐車場管理をさしおいて、むしろ証券取引・投資を本業として、借入れ等による多額の個人資金を投入しながら、積極的にこれに取り組んでいたことが推認できる。

(四)  一審原告代表者は、右のような学歴、就業経験、証券取引の経験を有し、証券取引につき相応な判断力を有するにもかかわらず、一審被告の担当者Cらの利回り保証約束の勧誘を甘んじて受け入れたものであるといわざるを得ない。しかも、前記(一)ないし(三)のとおりの一審原告代表者の証券取引・投資に対する取組み方に鑑みると、一審原告代表者は、自らも、積極的に利回り約束を利用して利得を確保しようとする傾向が強かったことが窺える。

そうすると、一審原告は、証券取引の基本的原則を無視して利益の確保に走ったというべきである。一審原告の右態度は、証券取引の当然の危険性を一方の当事者である一審被告にのみ負わせようとするものであり、不合理な利益追求の態度であるといわざるを得ない。

3  前記(三3及び原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄の第三の二)認定のとおり、一審原告は、①一審被告担当者らから、利回り保証の約束を伴う一任勘定の勧誘を受けて、平成元年一月ころ、本件資金運用取引に入り、その後、同二年四月一日ころ、同三年四月一日ころの二回にわたり、同取引の期間を一年間ずつ延長してきたこと、②一審被告担当者から、利回り保証の約束をするという勧誘を受けて、平成三年五月二九日に、本件山一CB取引に入ったことが認められる。

ところで、平成四年改正前の証券取引法においては、証券会社の損失保証または利益保証をする特約は、禁止されていたものの、証券会社に対する行政上の監督はともかく、私法上有効であると解されていたことは前示(原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄の一4)のとおりである。乙第二八号証によると、平成元年一一月ころ、一部の大手証券会社が大口顧客に対し約一〇〇億円に上る損失補てんを行ったことが発覚して、大きな社会問題となり、これを契機として、同年一二月には、法令上の禁止行為である損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘はもとより、事後的な損失補てんや特別の利益提供も厳に慎むべき旨の大蔵省証券局長通達が発せられるなど、これらの行為が法令上の禁止行為であることにつき、改めて注意が喚起された経過があったことが認められる。

これらの事実からすると、証券会社の損失保証または利益保証をする特約は、従前、反社会性の強い行為であるとは明白に認識されていなかったものの、右経過を通じて、次第に証券取引の公正を害し、社会的に強い非難に値する行為であることの認識が形成されていたというべきであり、遅くとも、①一審原告が本件資金運用取引の期間を二回目に延長した平成三年四月一日ころ、及び、②一審原告が本件山一CB取引に入った平成三年五月二九日ころには、損失保証または利益保証をする特約は、証券取引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在していたものとみるのが相当である。そして、本件資金運用取引及び本件山一CB取引における利回り保証約束は、右の利益保証をする特約に含まれると解するのが相当である。

4  以上の事情に鑑みると、一審原告は、一審被告の不法行為により損害を被ったとしても、その損害の発生及び拡大について、相応の過失相殺の分担を負うべきであり、一審原告代表者において、その利回り保証約束が、証券取引法上禁止されていたものであることを知らなかったことを考慮しても、本件株式ファンド取引については三割、また、本件資金信用取引及び本件山一CB取引については、その利回り保証約束が反社会性の強いものであるとの認識があったと認められることを考慮すると、いずれも五割の各割合をもって過失相殺を行うのが相当である。

5  右判断に対し、一審原告は、利回り保証約束は、平成四年改正前の証券取引法において、証券会社には禁止されていたものの、私法上は有効であると解されていたものであるから、右約束を信頼した投資家に過失を問うのは不当であり、本件に過失相殺を適用すべきでないと主張するが、前記1及び2の事情に鑑みると、一審原告の右主張は採用することができない。

6  また、一審原告は、過失相殺は当事者間の実質的公平を図るものであり、一審被告において、一審原告から一任を取り付けた取引について、いかに忠実・誠実義務を尽くしたかを考慮すべきであるところ、一審被告は、本件資金運用取引において、平成元年一月二三日から同四年三月末日までの期間中、解約できないこととし、一審原告の口座を支配していることに乗じて、手数料稼ぎのために過当売買に走ったものであるから、過失割合の認定は、大幅に軽減されるべきであるとも主張する。

しかしながら、前記(三5)のとおり、本件資金運用取引が平成元年一月二三日から同四年三月末日までの期間中の中途解約を禁じる特約を伴っていたものであることを認めるに足りる証拠はない。

また、乙第一四号証の一ないし七、乙第一九号証、原審証人Dの証言及び弁論の全趣旨によると、一審原告の海外旅行中に、aの口座に関し、相場の状況を見ながら一審被告の担当者と打ち合わせをしないとできないような指し値取引等を含む取引が行われていることが認められ、これと、前記(三3)認定のとおり、右a口座と区別して、bの口座が特に設けられ、bの口座について一任勘定取引の約束がなされた経緯を考え併せると、一審原告は、aの口座については、自己の判断に基づいて自己取引を行っていたものと認めることができる。

乙第五号証の一ないし七五、乙第六号証の一ないし四一、乙第一一号証の一ないし九一、乙第一二号証の一ないし三八、乙一六号証の一ないし二二、乙第一九号証、原審証人Dの証言及び弁論の全趣旨によると、平成元年二月から同三年三月までの間、aの口座と本件資金運用取引にかかるbの買付け表を比較すると、同一銘柄について同一の日または数日違いでほぼ同じ約定価格による売付または買付け取引が行われている例が約五〇件あることが認められる。

これらの事実に、一審原告代表取締役Aには、前記(四2)認定のとおりの証券取引に対する経験と相応な判断力を有していたことを考え併せると、一審原告代表者は、一審被告担当者のCと頻繁に連絡を取り合い、相場感などの情報を聞きながら、自己の経験と判断力を加えて自ら得心のうえで、aにおける自己取引を行っていたものと推認できる。そうすると、仮に、一審被告担当者がb口座において手数料稼ぎのために過当売買を行ったとしたならば、右a口座とb口座とにおけるそれぞれの回転率、手数料額等において顕著な違いが発生したはずであるところ、これらを比較しても顕著な違いを認めることはできない。

したがって、b口座において、過当売買が行われていたとみることはできないから、一審原告の右主張は採用することができない。

五  一審原告の損害金額について

1  本件株式ファンド取引の損害金額について

(一) 前記(原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の「一 本件紛争に至る経過」)事実及び甲第二二号証の二によれば、本件株式ファンド取引において、一審原告は、昭和六三年一〇月一三日、一審被告から「第七回内外債権・株式ファンド(投資信託)」一万口を購入し、その代金一億円を支払い、平成二年一一月二〇日、内四〇〇〇口の売却代金から手数料等を控除した三四五六万円を一審被告から受領し、平成三年五月二九日、残り六〇〇〇口の売却代金から手数料等を控除した五一六一万二〇〇〇円を一審被告から受領したことが認められる。

そうすると、一審原告は、前記購入代金額一億円から前記受領金額三四五六万円及び五一六一万二〇〇〇円の合計額八六一七万二〇〇〇円を控除した金額一三八二万八〇〇〇円の実損を負い、同金額の損害を被ったと認められる。

(二) これに、前示の三割の過失相殺割合を考慮すると、一審原告の右損害金額は、その七割に相当する九六七万九六〇〇円であるというべきであり、同金額につき、右実損額が確定した平成三年五月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金が発生した。

2  本件山一CB取引の損害金額について

(一) 前記本件紛争に至る経過の事実及び甲第二二号証の三によると、本件山一CB取引において、一審原告は、平成三年五月二九日、一審被告から「山一CBプラスオープン」二〇〇〇口を購入し、その代金二〇三九万一五八八円を支払い、平成三年九月二五日、右二〇〇〇口の売却代金から手数料等を控除した一九四〇万円を一審被告から受領したことが認められる。

そうすると、一審原告は、前記購入代金額二〇三九万一五八八円から前記受領金額一九四〇万円を控除した金額九九万一五八八円の実損を負い、同金額の損害を被ったと認められる。

(二) これに、前示の五割の過失相殺割合を考慮すると、一審原告の右損害金額は、その五割に相当する四九万五七九四円であるというべきであり、同金額につき、右実損額が確定した平成三年九月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金が発生した。

3  本件資金運用取引の損害金額について

(一)(1) 前記本件紛争に至る経過の事実によると、本件資金運用取引において、一審原告は、一審被告に対し、平成元年一月一九日に九四六九万八六五〇円、同月二三日に一八七五万九九七〇円、同月三〇日に八二五四万二五〇〇円、合計金一億九六〇〇万一一二〇円を預託したことが認められる。

(2) 甲第一七号証、甲第一八号証、甲第二二号証の二、三、原審における一審原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、一審原告は、一審被告から、平成二年三月三〇日に一五一七万円、同三年四月三〇日に一五〇〇万円をそれぞれ受領したが、右金額は、本件資金運用取引にかかる株式一部の売却代金から手数料等を控除したものであることが認められる。

(3) 前記(原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄の一3(三))認定事実によると、本件資金運用取引には、その期間延長後の最終日である平成四年三月三一日において、帝国ピストンリング一万株等及び保証金残金八八万三二〇一円が残存していたが、これら最終残存有価証券等の評価額は、九七〇万五二〇一円であることが認められる。

(4) そうすると、一審原告は、右(1)の預託金額合計から右(2)の受領金額及び(3)の評価額を控除した残額である金額一億五六一二万五九一九円の実損を負い、同金額の損害を被ったと認められる。

(二) これに、前示の五割の過失相殺割合を考慮すると、一審原告の右損害金額は、その五割に相当する七八〇六万二九五九円であるというべきであり、同金額につき、右実損額が確定した平成四年三月三一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金が発生した。

4  前記1ないし3によると、一審原告が賠償請求しうる損害は、損害元金八八二三万八三五三円及び内金九六七万九六〇〇円に対する平成三年五月二九日から、内金四九万五七九四円に対する同四年三月三一日から、内金七八〇六万二九五九円に対する同四年三月三一日から、各支払済みまでの民事法定利率による遅延損害金となる。

5  したがって、一審原告は、一審被告に対し、前記4記載の右損害合計金額及び遅延損害金の支払を求め得るところ、一審原告は、本件訴訟を提起して損害賠償を求めるために、弁護士に訴訟委任する必要があったことは容易に認められる。右弁護士費用のうち、一審被告に負担させるべき金額は四五〇万円が相当であると認められるので、右金額は本件不法行為による損害である。

6  以上によれば、一審原告の本訴請求は、一審被告に対し、損害金九二七三万八三五三万円、及び内金九六七万九六〇〇円に対する平成三年五月二九日から、内金四九万五七九四円に対する同年九月二五日から、内金七八〇六万二九五九円に対する同四年三月三一日から、各支払済みまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、棄却すべきである。

第五結論

よって、一審被告の本件控訴に基づき、右と結論を異にする原判決を主文のとおり変更することし、一審原告の本件控訴は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項本文、六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺本榮一 裁判官 吉岡浩 裁判官 矢澤敬幸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例